アプローチ
1. アナログな貿易の仕組みを維持するリスクとコストを明確化。
2. 解決に向けたパイロット プロジェクトの主催コンソーシアムを日本の貿易実務者で結成。
3. NTTデータがHyperledger Fabricを活用したTradeWaltzプラットフォームを開発。
4. 初期ユーザー群にソリューションを展開中。
結果
● TradeWaltzを実務で利用した際、47%効率がアップしました。
● リモートワーク がしやすくなりました
● 標準的な取引文書の85%~90%が既にデジタルでやり取りできる状態です
● アジア太平洋地域の4つの国のプラットフォームと連携を始めています
従来のレガシーな技術・システムでビジネスを続けることは簡単ですが、ある時継続が難しくなることもあります。例えば、大きな事件が起きて初めて、技術対応の遅れが明らかになることもあります。
世界の海運/貿易産業にとって、COVID-19の世界的な流行はまさに事件であり、貿易の仕組み・プロセスにおける技術的な遅れが明らかになってしまいました。
業界の大半は、いまだに紙やPDF文書といったアナログなコミュニケーションツールを使用しており、輸出入業者、銀行、保険会社、政府機関、などの利害関係者は、通常時でも非効率なコミュニケーションに苦労していました。
アナログな仕組みは技術的に遅れていても、現場は回っていましたし、書類を扱う従業員がいる限りは使うことができました。しかし、COVID-19が発生したとき、外出制限で従業員がオフィスに行けなくなってしまいました。
紙とPDFをベースとする業界ではリモートワークをすることは難しく、世界の貿易市場全体が急停止しました。
しかし幸いなことに、コロナ禍の前から国際貿易をよりよくするための方法は一部で検討されてきました。2017年、日本で貿易の産業横断型コンソーシアムが発足し、2020年には、その活動の中から、国際貿易のデジタルな未来をつくるというビジョンのもと、株式会社トレードワルツが設立されました。
方法はシンプルです:企業の既存のシステムは最大限活かしつつ、それらを産業横断的にデジタルで繋ぎ合わせて文書、プロセスをデジタル化することです。
産業横断のコミュニケーションが完全デジタル化されれば、関係者間のやりとりは楽になり、プロセスにかかる時間とコストは削減されます。
しかしこのような大切なコミュニケーション領域をデジタル化する上で、業界関係者はセキュリティを第一に考えます。国際貿易では大量のデータをやりとりするほか、金融、保険、政府機関なども混在しており、規制遵守が重要な要素になるのです。
関係者すべてがデータの完全性とセキュリティを維持するためには、新しい貿易デジタルプラットフォームはどうすればいいのでしょうか?
長年にわたって、国際貿易は他産業よりも圧倒的に技術革新が遅れていました。パンデミック後の現在も、特に海上貨物や航空貨物をはじめとする業界の多くは、いまだにアナログコミュニケーションに頼っています。日本では輸出入の取引1回に72時間かかります。日本はまだ良い方で、アジアでは235時間、アフリカでは400時間かかります。
EUに所属する多くの国が2時間ほどで処理している事実と比べると、日本企業が世界の競合他社に遅れをとっていることは明白です。
時間がかかるということは、コストも同様にかかると言うことです。日本では1回の取引に平均350米ドルかかる状況であり、このようなアナログ手続きの世界全体でかかるコストは年間550億ドルに上ります。
紙ベースの取引や手続きは、世界中の中小企業が貿易産業に参入する上での大きな参入障壁ともなっています。
貿易におけるアナログ手続きを行うためには、大勢のスタッフと紙文書を保管する倉庫スペースなどコストがかさむため、中小企業が手軽に始められず、参入を阻む要因となっています。
最後の課題はリモートワークです。現在多くの従業員が家から仕事を希望する中、出社して紙をさばくアナログな業界では、今後従業員を確保することが難しくなるでしょう。
貿易プラットフォームは、従業員が働く場としての魅力を高め、人材不足を解消するだけでなく、より柔軟で、移動などのCO2排出量が削減された働き方を実現し、気候変動対策にも一翼を担う可能性があります。
2016年、日本を拠点とするHyperledger FoundationのメンバーであるNTTデータは、貿易業界への進出に乗り出しました。以前から、NTTデータは金融サービス業界にブロックチェーンセキュリティを提供していましたが、金融サービスと貿易の間に同様の課題があり、進出可能と考えました。
「金融サービスと国際貿易は似たような状況にあります」と、トレードワルツの執行役員COO、CMO 兼 グローバル&アライアンス事業本部長の染谷悟氏は言います。「どちらも背景が多様な多くの利害関係者間で、大量の取引を行っており、信頼性の担保が大切です。NTTデータは、"国際貿易にブロックチェーンを活用できないか?"と考えたのです」。
NTTデータは、まずは東京海上日動火災保険に彼らが取り扱う保険証券をブロックチェーン上でデジタル化するパイロット プロジェクトを持ちかけ、実証に成功しました。
NTTデータは、その後、複数の銀行、保険会社、輸出入者、物流会社、船会社を集め、13社の貿易コンソーシアムを設立しました。
2017年から2019年にかけて、貿易コンソーシアムは会員企業を18社に拡大した上で、産業横断的なビジネス課題を明確化しました。そして、潜在的な産業横断型アプリケーション、データを活用したAIソリューション、関連する法律やコンプライアンスの問題を調査し、法改正の動きも行いました。解決策の1つであるTradeWaltzの実証試験は、2017年にシンガポール貿易PF「Networked Trade Platform (NTP) 」との間で行われ、2018年にはさらに2つの実証試験が日本とタイで展開されました。
実証試験が成功し、実務者の業務効率化が可能であると分かったため、貿易コンソーシアムから7社が出資しサービスを事業化、2020年に正式に株式会社トレードワルツが立ち上がりました。
「ブロックチェーンという技術の成熟化、貿易書類の電子化を容認する法改正が起きたタイミングで、COVID-19によって社会・経済がデジタルを前提とした働き方にシフトしました」と染谷氏は言います。パンデミックが発生した頃には、TradeWaltzがリモートワークを推進する準備が整っていました。
「ビジネスはタイミングがすべてです。TradeWaltzは普及の準備が整っていました。」
引用
「タイミングがすべてです。[COVID-19が発生したとき、TradeWaltzは立ち上げの
準備が整っていました」。
-染谷悟(取締役COO兼CMO
実証試験結果に基づき、TradeWaltzは国際貿易市場のための産業横断プラットフォームを構築しました。このプラットフォームには、ユーザー インターフェース層、アプリケーション層、ブロックチェーン層の3つの層があります。ブロックチェーン層はHyperledger Fabricを基礎技術として使用しています。
TradeWaltzではアプリケーション層でやりとりしたデータの真正性を、ブロックチェーン層が保証します。ブロックチェーンはデータ記録用サーバー(ノード)がより多くの企業や地域に分散・拡大する度に、データの信頼性・完全性を高めていきます。
「B2C取引に比べ、B2B取引は一般的に扱う金額が大きく、特に国境を越えるデータは改ざんリスクが高くなります」と染谷氏は言います。「私たちは、国境を越えた複数のノードに配置した分散型台帳でデータセキュリティを保証する技術を必要としていました」。
そういった意味で、TradeWaltzはこういった分散台帳管理を自前で用意することなく、インターネット上からすぐに使えるものになります。
「TradeWaltzを世の中に普及するには、SAPやセールスフォースといった各実務者がインストール済の既存ハブに接続することが大切でした」と染谷氏は言います。普段ユーザーが使う画面のユーザー インターフェース層は既存で使っているものを大切にし、繋がる先のバックエンドのブロックチェーン層はすべてのステークホルダーのデータを保護します。「ボタン1つで、すべての関係者が繋がり合い、リスクなしに情報やデータを共有する世界観です」と染谷氏は言います。ユーザーは従来の既存システムを使用し、システム接続プロトコールであるTradeWaltz APIを利用して他のプレーヤーと安全に情報を共有することができます。
従来のブロックチェーンには計算プロセスの関係で処理速度が遅くなる弱点がありますが、TradeWaltzでは、ブロックチェーンへの記録情報を厳選することで記録量を減らし、記録速度を向上させていますまた、全量データは地域毎管理とすることで、秘密データの漏えいを防ぎ、国毎のデータガバナンスも強化されます。HyoerLedger Fabricに対し、記録速度とデータガバナンスの2点を強化したブロックチェーン技術は「BlockTrace」として特許取得されています。
コンソーシアムの初期段階でのソリューションの展開
貿易プラットフォームTradeWaltzは、業界全体の貿易実務者が、セキュリティ侵害やデータ漏洩のリスクを負うことなく、電子上で安全に情報を交換できる貿易エコシステムを構築するように設計されています。
輸出入業者、銀行、保険、物流業者など、あらゆる分野のユーザーがTradeWaltzを利用することで、電子上で貿易手続きを迅速に行うことができます。
貿易文書がデジタル化されれば、貿易手続きにおけるコミュニケーションにほとんどタイムラグがなくなります。また、従業員はどこからでも手続き情報を閲覧、処理できるため、リモートワークが可能になります。
サポートされている文書には、輸出入許可証、原産地証明書、保険証券、インボイス、船積依頼書などがあります。染谷氏は、TradeWaltzが現在の市場の標準的な文書の85%から90%をデジタル化できると見積もっています。
2017年当初以降、TradeWaltzはパイロット プロジェクトにおいて驚異的な効率改善をもたらしました。 2017年と2018年のパイロット プロジェクト全体で、TradeWaltzの使用は44%から60%の効率改善をもたらしました。シンガポール、日本、タイでの初期プロジェクトの後、NTTデータは2019年にタイの24社にTradeWaltzパイロット プラットフォームを展開しました。
トレードワルツは貿易コンソーシアムと利用ユーザーを拡大し続けています。現在、トレードワルツが事務局を務める貿易コンソーシアムには 200 社が参加し、アジア太平洋地域 5 カ国(日本、シンガポール、タイ、ニュージーランド、オーストラリ ア)には 30 社、日本には 60 社のユーザー企業が参加しています。また、様々な政府機関とともに検討を進めています。
「ユーザーの産業横断コミュニケーションは、TradeWaltzの業務利用によって、2022年には業務効率が47%向上したというデータがあります」と染谷氏は言います。
引用
"ユーザーの産業横断コミュニケーションは、TradeWaltzの利用によって業務効率が47%向上しました"
-染谷悟(執行役員COO、CMO)
トレードワルツ社は、世界貿易におけるデジタル化されたデータサービスの総市場は、8,250億米ドルに達すると推定しています。同社は、「貿易の未来をつくる」というビジョンを達成するため、コンソーシアムと利用ユーザーを拡大することを目指しています。
標準的な貿易文書がすべて電子化され、プラットフォーム上でサポートされた後も、TradeWaltzは付加価値サービスを通じてプラットフォームの価値を向上させていきます。
例えば、危険物や規制対象物のデジタル化されたコンプライアンス チェックの追加や、取引データに基づくリアルタイムの信用格付けの生成などが含まれます。
またTradeWaltzは、ユーザーが契約の履行を自動的に追跡できるようにするIoTトラッカーによる追跡機能の展開も計画しています。同社は、貨物にIoTセンサーを取り付け、リアルタイムで貨物の追跡情報を得る実証実験を成功させています。
2021年、TradeWaltzは、同社のHyper Ledger Fabric上で授受される船荷証券の情報を、アトミックスワップという技術を用いて、他社のEtheriumベースの金融ブロックチェーンと共有し、USDC安定コインで決済する実証に世界で初めて成功しました。
トレードワルツ社のミッションは、"貿易の未来をつくる"ことです。染谷氏は、貿易プロセスを完全にデジタル化し、蓄積されたデータを活用した付加価値サービスを通じて世界貿易を支える、データ駆使型の産業モデルを構築することが同社の目標だと語ります。
「例えば、契約情報、物流情報、決済機能をHyperledger Fabric上のスマートコントラクトと組み合わせることで、貿易手続きを自動化できる未来を描いています」と彼は語っています。
染谷氏はまた、貿易のデジタル化は中小企業の参入障壁を下げる方法だと考えています。
「中小企業が世界貿易に参入するには、オフィススペース、人材、倉庫などのコストが高いというハードルがあります。」と語ります。TradeWaltzは、貿易手続きの多くをデジタルプロセスや文書によって効率化することで、こうしたコストを削減し、中小企業の市場参入を迅速に支援することができます。
染谷氏は、Hyperledgerのコミュニティと長く豊かな関係を続け、オープンソースのコードベースに貢献していくことを思い描いています。「日本には『恩送り』という言葉があります。これは、"誰かから恩を受けたら、その恩を次の世代に送る "という考え方です。
引用
日本には『恩送り』という言葉がある。人から恩を受けたら、その恩を次の世代に送るという考え方です。"
-染谷悟(執行役員COO、CMO)
次世代にとって、その恩恵は弾力性のあるサプライチェーンやより強固な貿易エコシステムという形で戻ってくるかもしれない。トレードワルツ社が描く貿易の未来では、ビジネス上の障害はアナログ時代の過去の記憶となるでしょう。